『ういちの島』第1巻発売記念
都留泰作×武富健治 特別対談
~空気の密度まで感じられる生々しい表現~
くらげバンチ連載『ういちの島』コミックス第1巻の発売を記念して、
『ういちの島』作者・都留泰作先生と、
『鈴木先生』『古代戦士ハニワット』(双葉社)作者・武富健治先生が特別対談。
京都精華大学マンガ学科教員。そして、どことなく似ている創作スタイル。
共通点も多い2人のマンガ家が、創作の深淵を語り合う!
自分の経験は、寝かせて濾過することによって
作品に反映できる
武富 都留さんご無沙汰しております。確か、都留さんと最初にお会いしたのは、京都国際マンガミュージアムで対談させていただいたときですよね。
都留 そうですね。あれは、何年前でしたっけ?
武富 どれくらい前でしたかね? 僕の先輩が、我々は気が合うと確信して、対談を企画してくれたんですよね。確かに、我々のマンガのスタイルは、少し似ているところもあるかもしれませんね(笑)。
都留 当時から、武富さんは『鈴木先生』が話題になっていて、自分とは住む世界が違う先生だと思っていました(笑)。鈴木先生は本当に凄い作品です。率直に凄い。
武富 都留さんに褒めてもらえると嬉しいです。都留さんとは確かにスタイルが似ているところもあるかもしれませんが、都留さんは、彫り込みの深かさが本当に凄い。
都留 僕には『鈴木先生』のような作品は書きたくても書けないので、お互いのちょっとした違いも面白いな、と思います(笑)。
武富 そうですね。プライベートでも自分は、おしゃべりな方ですが、都留さんは普段は比較的寡黙なタイプですよね。
都留 普段、というか、常に寡黙ですよ(笑)。
武富 お酒を飲むと・・・・・・(笑)
都留 まぁ~今日はそういう話はなしで(笑)。そんなことはおいておいて、そろそろ本題にはりましょうか(笑)。
武富 そうですね。失礼しました(笑)。早速ですが、今回の『ういちの島』のジャンルは、パニックホラーだと思いますが、細部までこだわり抜いたリアリティによって、作品世界にグングンと引き込まれますね。読んでいるうちに、もはや他人事ではない感覚になる。あのリアルさは、都留さんが文化人類学の研究者であることも関係していますか?
都留 実は僕・・・・・・最初は、理学部の生物学科で生き物の研究をしていました。文化人類学には途中で転向したんです。
武富 なるほど、最初は生物学専攻だったのですね。納得。『ういちの島』は大学の研究施設から始まりますが、研究施設の描写に、妙なリアリティがありますよね。
都留 しかも本当にウニの研究をしていました(笑)。
武富 第1話のウニの描写は実体験が下敷きなんですね。
都留 ウニの研究ってなんかいいな~、と思っていたのですが、実験は苦手でした。だからしっかり勉強ができていたのかは、疑問です。
武富 どんなニュアンスで実験が苦手だったのですか?
都留 実験はミスをしないように、厳格な手順で行うのが原則です。でも、僕は、いい加減なところがあるので、実験はしたものの、あり得ない結果がでたりして・・・・・・(笑)。
武富 それは、面白いですね。いい意味で都留さんらしい(笑)。ちなみに大学は、海の近くだったんですか?
都留 そうなんですよ。目の前に海があって、海で生物を採取して研究できるシステムでした。
武富 研究室の描写がリアルなのも納得です。あのリアリティ溢れる空間から、パニックホラーが始まるから、不気味さが助長されますよね。ちなみに、都留さんは、ご自分の経験を作品に反映させることは多いですか?
都留 自分が経験したことを描くことによって、リアルさを出して、その世界を、マンガのストーリーに入るための足掛かりにすることはあります。
武富 今回もその手法ですよね。。
都留 ですが経験は、経験した直後だとマンガにしにくいですよね。研究施設を舞台にして、なにか描きたい、という思いは以前からあったのですが、『ういちの島』を描いたのは、大学を卒業してから数十年が経過した、今ですからね。
武富 経験した直後だと生々しすぎますね。
都留 生々しすぎて、マンガにしても面白くはなりにくい。
武富 自分の中で濾過する時間が欲しいですね。
都留 濾過することによって、自分の経験がある種の別モノに熟成していく感覚があります。
武富 確かにそれはありますね。
この世にエロスは確実に存在するが
なぜそんなモノが存在するのか?
考えるほどに不思議になる!
武富 『ういちの島』は都留さんの中で、どんなイメージから始まったのですか?
都留 最初に霧のイメージがありました。霧の中から得体の知れない叫び声がする。そんなイメージから始まりました。
武富 都留さんの霧の表現、緻密ですよね。描くの大変そう(笑)。
都留 1話、2話は霧が多かったので大変でした(笑)。
武富 湿度や空気の密度まで描けている感じがいいですね。風味がある。霧のシーンを読んでいる間、自分も霧の中にいる気分になります。読んでいて松本零士さんの作品を思い出しました。
都留 確かに松本零士さんの作品には霧が多いですね。言われて、今気が付きました。
武富 今までの都留さんの作品は、男の子が主人公の作品が多かったですが、今回は若い女性が主人公ですよね。読んでいると、若い女性の気持ちがリアルに思えるのですが、あれは想像力で描いているのですか?
都留 女性の気持ちがリアルだと言っていただけるのは嬉しいです。
武富 まぁ~自分は大人の男性なので、女の子の気持ちのリアルさなんて、本当は分からないのですが(笑)。読んでいて、なぜかリアルを感じました。主人公は比較的、男性を嫌悪するタイプの女性ですよね。
都留 そうですね。
武富 本来は男性視点からすると、比較的厳しい女性じゃないですか。それでも大人の男性である自分が読んでも、感情移入がすんなりできる。妙な生々しさがあってリアルを感じました。
都留 女性が考えている本当のところは、我々男性には正直分かりませんよね。男に付きまとわれたらどう思うのか? もし自分が女性だったらこう思うのでは? という視点から描きました。ですから、女性が好きな男性を振り向かせるために何を考えるのか? という一般的な健全な女心は自分には描けないと思います(笑)。
武富 それこそが都留さんワールドですね。実は僕も女性を描くときに、都留さんと同じような感覚で描くのですが、我々が描く女性像ってまったく違いますね(笑)。
都留 たしかに違いますね。
武富 僕の場合どちらかというと、男性に都合がいい女性象になりがちです。おそらく僕が女性になったら男性に尽くすタイプなのかもしれません(笑)。
都留 尽くすけど、腹に一物あるみたいな・・・・・・・そこがリアリティになっていますからね、だから武富さんが描く女性は面白い。
武富 マンガで無視できない表現に、エロと暴力がありますが、近年の時代背景を受けて、描きにくくなってきた印象もあると思いますが、都留さんはそのあたりはどう感じていますか?
都留 エロ表現に関しては色々な手法がありますよね。エロは人間の本質なので、本質から出てくるエロスもあると思います。ですが時代的に描き方を間違えると拒否される。確かに難しくはなりましたね。
武富 時代による影響は大きいですね。
都留 アダルトビデオと呼ばれるものがありますよね。僕はあのジャンルにエロさを感じません。すべてが方程式に収まっている感じがします。もっと緻密に演出されたエロスが見たいです。そして、そうした表現を目指したい。
武富 都留さんは生物学を学んでいた影響なのか、エロスの中に理系のドライさがありますよね。動物的と言いますか・・・・・・それがいい味になっている。
都留 ある種のドライさがあるのは、否定できないかもしれません。
武富 男女の心理にしても、男女の性にしても、そこに生殖という感覚がドライに残っている印象があります。そこが魅力的です。
都留 エロスは世の中に確実に存在していますよね。それが純粋に不思議だと思っています。なぜそんなモノが存在するのか?
武富 エロとエロスは違いますよね。都留さんの表現はエロよりもエロスがぴったり来ますね。
都留 エロではなくエロスを描きたいという気持ちは、確かに強いかもしれません。そうした意味で言うと、武富さんが描く人物は、女性でも男性でもエロスがありますね。
武富 ありがとうございます。僕的にも人物を描くときには、エロスは意識的に入れたいと思っています。
都留 僕は落差に興味があるのかもしれません。男性の欲望と、女性の欲望はまったく違うと思います。そうした落差が描けるようになりたい。
武富 それは僕もあるような気がします。今の年齢になってもそこを追い求める気持ちがありますが、そこを描くのは簡単ではないですね。
都留 そうなんですよね。
WEB連載ならではのスマホ対応の表現方法!
武富 『ういちの島』はくらげバンチで連載しているWEBマンガなので、連載をスマホで読まれる方も多いかと思います。そのあたりは意識していますか?
都留 そうですね、人間の経験として一直線に流れていくシンプルな内容を意識しています。スマホで読んでいただいてもストレスがない構成にしています。
武富 『ういちの島』はサバイバルホラーという枠がありますよね。枠があると、期待して読んでくださる読者の方の希望に応えやすい、という側面がありますよね。
都留 それは間違いなくありますね。
武富 『ういちの島』は、今までの都留さんの作品の中では、割とストレートな内容ですよね。
都留 サバイバルホラーというジャンルに対する、読者の期待の60~70パーセントを意識の上で確認しながら、意外性も織り交ぜていく。そして意外性も楽しんでいただきたい、という描き方かもしれません。
武富 ラストページの引きが各話とも印象的ですね。
都留 そこは担当編集にも言われていまして、結構意識しています。
武富 WEB媒体だから余計に引きを意識したということもありますか?
都留 そうですね。そのあたりも担当編集からも結構アドバイスを受けて工夫しています。
武富 僕も引きを作るのが好きなので、一読者としても純粋に楽しませていただいています。
化け物は人間らしさから離れてしまうと
気持ち悪さが減ってしまう!
都留 サバイバルホラーは化け物を見せるマンガではないと思っています。特殊なシチュエーションによって人間がどう反応するか? そこがキモだと確信しています。
武富 そうですよね。見たいのは反応ですよね・・・・・・人間の。
都留 そこを新鮮に描くことができたら面白いですね。
武富 サバイバルホラーという枠があることによって、その枠から枝分かれしても、直線的な内容に収めることができるのが魅力ですよね。
都留 そうなんですよ。枠があるから伝わりやすいし、伝えやすい。
武富 化け物の造形のインパクトが凄いですが、どこか人間くさいですね。だからこそ、凄まじく気持ちも悪い。
都留 化け物ってあまり人間離れすると気持ち悪さも減っていくじゃないですか。だから人間らしさを残しつつ・・・・・・みたいな。
武富 人間らしさは重要ですよね。都留さんの描く化け物はお腹の中の描写まで緻密なので、読んでいると生理的な感覚が触発されます。あれっ、自分のお腹、無事かな~って(笑)。人間の開きのようなカットは、生理的な訴求感が凄まじかった。
都留 人間を開きにしときの奇妙さと、化け物の融合ですね。描いていると脳内が混乱してきます(笑)。
武富 確かに。人間を開きにして描くだけでも大変ですよね。
都留 人体って結構複雑ですからね。
武富 今後も色々なタイプの化け物が出てきそうですね。
都留 さらに進化したりします(笑)。
武富 今後が本当に楽しみです。島を出て本土にも行けそうですし、場合によってはアフリカ展開も可能性がありそうだし、島の中だけでも可能性は無限にあるので、本当に楽しみです。
都留 あと、描くかどうかは内緒ですが、行こうと思ったら『ういち』の国や世界にも行けます。
武富 本当ですよね。どこまで行くのか? どこまで描くのか? 一読者としても、同じマンガ家としても非常に楽しみです。最後に読者の方々に向けて、メッセージはございますか?
都留 そうですね。人間には日常生活では、滅多なことでは見せない、自分の中の核心部があると思います。通常は他人のプライバシーには立ち入っていけないという常識があります。ですが『ういちの島』のような非常事態では、そんなことは言っていられない。本来は決して立ち入ることができない、他人の心の最深部。そこに入ってしまうドキドキ感と罪悪感を通して、日常生活では見過ごされがちな、人が人と対峙するときの緊張感までをも、描けるホラーにしたいと思っています。
武富 さまざまな人が入ってくるオンラインゲームの感覚・・・・・・・自分だけが主人公ではいられない、関係性の複雑さ・・・・・・読んでいると、個人的にはそんな感覚が湧いてきました。
都留 それは嬉しいです。ゲームの感覚は常に意識しています。今回の発想の根源には、実は人狼ゲームがあります。人狼ゲームをもう少しファンタジーにして、且つリアリティも出したい。そんな作品を描くことができれば面白いのでは、という思いはあります。
武富 なるほど、納得です。凄くうまくいっていると思います。
都留 ここからさらに村人なども登場する予定なので、さらに人狼ゲーム的な要素は強くなるかもしれません。
武富 ますます楽しみですね。読者の方々のためにも是非がんばって描き続けて下さい。
都留 ありがとうございます。
武富 今日は本当にありがとうございました。
都留 こちらこそありがとうございました。
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都留泰作
岡山県出身。漫画家、理学博士。2007年SF作品『ナチュン』(講談社/月刊アフタヌーン)で連載スタート。その後『ムシヌユン』(小学館/ビッグコミックスペリオール)。『竜女戦記』(平凡社)と話題作を描く。現在は、くらげバンチにて『ういちの島』を連載中。
武富健治
佐賀県出身。漫画家、京都精華大学マンガ学科教員。代表作のひとつである『鈴木先生』(双葉社/漫画アクション)は、このマンガがすごいにランクインされて映画化。現在は双葉社の漫画アクションにて『古代戦士ハニワット』を連載中。